遙○子さん斬り

どうも上手く無いなあと思う。
フェミニズムのクイーン遙女史の文章である。

この人の文章は何せ読みにくい。読むそばから「それはセクハラ」「それもセクハラ」と言われているようで、文章の主旨が伝わる前に「セクハラ!」の呪文が攻めてくるのである。あ、これも一つの文章力か。セクハラサブリミナル効果。

雑誌などで、この人の文章に接すると、そんなに肩肘張る必要はないのでは?といつも思う。世の中は意外とみんなそれぞれ男性らしく、女性らしくしたいのだ。そんなに、中性的に平等な社会は、はっきり言って居心地が悪い。

遙女史曰く「鍋はセクハラの塊」だそうだが、誰だって臭いおっさんによそってもらうよりも、女性によそってもらいたいと思っている。それは結構女性を尊重している現れと思うんだけどこの人はそう解釈してくれない。あくまで平等なのだ。「もし男性だったらやらなくて良いこと」を女性がやらされていることが問題だという。そうじゃなくて、鍋の具をよそうのは、臭いおっさんには許されていない行為なのだ。「やらなくて良い」でなくて「やってはいけない」んだけどな。

ま、この人は頭良いから、自分がそういう主張をすることで、こういった反応があることも計算済みなんだろうが、いかんせん文章が悪い。まとまりない主張の切れ端だけがピチピチとホッペタを叩いていく、そんな未熟な文章を売って「タレント・エッセイスト」とか名乗るのはいかがなものかと。タレントなのか?という突っ込みはさて置き、売文業にも?印かな。

いいとこブログ止まりが無難ですよ。遙女史殿。
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